埼玉・最古参の人。そのお名前は?

 

5歳児ともなると、それなりに内容のある会話もできるわけだが、ときに坊やは

「僕は埼玉県で6000番目に生まれた。お母さんは200番目」などと脈略のないことを言い出す。

「お父さんは160番目に・・・」

「お父さんは埼玉の生まれじゃないよ」

埼玉県民は、都道府県別の郷土愛ランキングで最下位と聞く。県外出身者ならなおさらどうとも思わないが、地価のかねあいと妻君の地縁とで、埼玉に暮らしてもう10年になる。この間に3つの市を転々とした。中古で日陰の家を購入した今となってはさらに10年単位で暮らすだろう。

その埼玉で坊やが何番目の子かは知らないが、記録に残った埼玉人で、最も古い人が誰かは知っている。

「ヲワケさんと言うんだよ」

坊やはあまり関心がないようだったが、ヲワケさんは埼玉県行田市あたりの人で、自身の墓であろう稲荷山古墳に埋葬された鉄剣には、金でその名が刻まれている。

鉄剣の制作年は471年7月(辛亥の年)、雄略天皇ことワカタケルに仕え、天下を左治(佐け治む)した。代々、杖刀人(近衛兵のような役職)の責任者を勤め、8代前の初代は崇神天皇に仕えたと言うから、伝説時代ギリギリまで遡る名門らしい。そんなことがすべて鉄剣(もちろん国宝)に記されている。

当時の行田市あたりが何と呼ばれていたかは分からない。もちろん埼玉県ではないから、最古参の埼玉人と呼ぶのは語弊がある。さらには埼玉の地に埋葬されたといっても、初代は崇神天皇まで遡るらしいし、奈良の斯鬼(しき)宮で王に仕えていたようだし、実際には埋葬地の出身とも限らないようだ。

別に構わない。むしろ最古参の埼玉人と言う場合、父親その他の祖先の名も列挙してある方が問題になる。ヲワケさんが語る以上、その父親ことカサヒヨ、祖父のハテヒくらいまでの存在は確実で、ヲワケに先行する彼らこそ、最古の埼玉人と呼ぶべきか? 迷うところだ。

ヲワケさんが土地の人か確証は持てない以上、その父親・祖父はなおさらだ。ここは墓があって鉄剣の所有者たるヲワケさんを最古としておけばいいだろう。子供に話す歴史としては充分だ。

 

死して名を残す。墓石にも名は残る。


 

それにしても。1546年も前に作られた鉄剣が、ヲワケさんの生きた証を伝えるのだからすごいことだ。名前だけじゃなく、誰に・どこで仕えたか、職種は何か、先祖の名前は誰かまで記録にとどめている。「人は死して名を残す」と言うけれど、都で制作したという「百練の利刀」に名を刻めば、1500年後だって名をとどめる。

ヲワケさんは同時代のVIPには違いないが、ヲワケさん以上のVIPもその時代の前後、各地域にだってそれなりに居ただろうに、名をとどめる人は稀なのだから、やはりヲワケさんは強運だ。そこに名を刻まれたワカタケルも、ヲワケさんの剣に名を刻まれたことで、書き継がれて伝わった歴史書以外に、その存在を確証することができた。

国宝の鉄剣ほどでなくても、死後に名をとどめる方法はある。墓石に名を刻むことだ。

 

 

近所を散歩していても、ちょっと立ち寄った寺にある古い墓石には、文政○年に死去した某と書かれている。私は文政年間(1818−31年)の祖先の名前さえ知らない。それなのに、この墓に埋葬された人が、1821年に死去したナポレオン・ボナパルトと同時代人であったことくらいは知りうる。墓石に刻まれた記録のおかげである。

死して名を残す。そのように生きたいと思ってきたが、実際に残そうと思えば、それほど難しいことではないようだ。墓を立てるだけで、名を残すチャンスは生まれる。

個人的に墓は、いわば「千の風」になれば充分と考えているけど・・・。


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