イノベーションの波に乗る人、乗らない人。「コンテナ物語」

イノベーションによってそれまでの社会の仕組みや物事のありようが一変するとき、その変化の波に乗らなかった人たちは、どうなってしまうのか。イノベーションは新しい世界を切り開く一方で、少なからぬ人たちを旧世界に取り残す。市場から退場を迫られる企業が出て、職を失う人が出る。

いま目の前にもイノベーションの流れがあり、次世代の勝者と敗者を線引きしようとしている。同時代人にとっては氾濫した川の奔流が目の前を流れていくようなものだ。波の進む先がどんな地形に変わっていくか、見通しを語る人はいても、確証は持てない。

それでも、現代でいえばAIやフィンテック、モバイルベースにシフトしていくIT環境の未来に備えたいと思う。このさき世の中はどうなっていくか。自分の仕事にはどんな影響が出てくるか。自分の目で周りを観察するしかない。先が分からないならせめて、かつてのイノベーションがどのように世界を変えたか、その変化に立ち会った人の生活をどのように変えたか、その歴史を知りたくなる。

現代から振り返った場合のイノベーションの意義づけだけでなく、当時の社会に及ぼしたインパクトが詳細に分かるノンフィクションとして、『コンテナ物語』(マルク・レビンソン著、村井章子訳、日経BP社、2007)は参考になった。

 

コンテナの導入が世界の海上輸送を変えた

 

「コンテナ物語」は、コンテナの発明が海上輸送のコストを劇的に引き下げ、安価になった国際物流がグローバル経済の礎になっていくまでを描く。原著のタイトルはTHE BOX(06年)と、シンプルなものだ。海上輸送の現代史の出発点としてコンテナ1個までフォーカスを絞り込み、そこからストーリーを広げていく。

コンテナの発明といっても、箱そのものがイノベーションなわけではなく、これを使った物流システムの構築が革新につながった。コンテナを起点に、船も港も巨大な規模に一変し、港湾作業のオペレーションも変わった。

1956年に最初のコンテナ海上輸送が始まるまで、港湾作業は労働集約型の産業だった。大勢の港湾労働者は仲間内で連帯し、手作業による荷揚げや積み込みは大航海時代から変わっていないかのようだった。

それがコンテナ輸送の導入により、荷揚げや積み込みは労働者の手作業からクレーンによる機械作業に置き換わった。

本文には、港湾労働者の証言として「コンテナのおかげで、埠頭の仕事はまるで工場の仕事みたいになっちまった」とある。

また、「巨大なコンテナ専用船の荷役は、半世紀前の小さな在来船と比べ、人手も時間も60分の1で済む」、「コンテナリゼーションにより、アジアから北米向けの貨物運賃は40〜60%下落した」といった目覚ましい実績が挙げられている。

これほどの合理化を前に、港湾労働者がどんなに抵抗してもコンテナ化の流れは止まらない。実際には労働者の抵抗や規制緩和の遅れのために、コンテナ化が世界に広がるのは60年代後半と時間を要するものの、誰にもコンテナ化の流れは止められなかった。

コンテナ化の影響は海上輸送のみならず、かつては港周辺の都市に近接しなければならなかった工場の立地条件も変える。さらには貿易の障壁になっていた海上運賃が下がることで、現代のように遠く離れた世界各地のサプライヤーから部品を集め、1つのブランドを作り出すことも可能になった。

 

イノベーションの先は、発展やハッピーだけではない


 

コンテナが引き起こした海上輸送のイノベーションからグローバル経済が進展していった。一方、コンテナ化の波は港湾労働者の多くに職業の変更を迫り、対応に遅れた船舶の輸送会社や旧態から変貌できなかった港湾を市場の隅に追いやった。

1950年代後半にイノベーションを仕掛けたのは、それまでトラック運送を生業としていたマルコム・マクリーンだ。コンテナ物流で自社を巨大企業に育てた彼でさえも、キャリアの最後には会社を倒産させてしまった。イノベーションは、その波に乗らない者を徹底的に疎外するが、波に乗った(起こした)からといって成功が約束されているわけではない。

マクリーンは、多くのイノベーターがそうであるように、リスクを取ることを厭わなかった。海上輸送の新しい世界を切り開いたものの、さらに発展を続ける新世界でもリスクを取り続け、最後は自社をコントロール仕切れなくなった。コンテナ化により、海上輸送は以前とは比べものにならないくらい莫大な投資を必要とする産業に変貌していた。

イノベーションは文明を進歩させるかもしれないが、同時代人にとって必ずしもハッピーなものとは限らず、刷新された産業にしても、それから先の未来はバラ色とは限らない。コンテナ化は海上輸送にスピードと合理性をもたらしたが、新しい産業構造にはそれ特有の問題も発生し、経済不況の時などには海上輸送業が足をすくわれる事態も出てくる。

 

イノベーターが幸せかどうかは分からない
ただその生涯が忘れ去られることはない

 

コンテナ物流のように明白な合理性があるものは社会を不可逆的に変えるが、変えることで取り残される人の問題が発生し、変わった先でも新たな秩序に応じた問題が発生する。

イノベーションはそういうものだと知ったうえで、それでもイノベーションの流れには乗らないといけない。その波の力は、否が応でも人と経済を新しい世界に運んでいく。乗らなければ、隔絶された孤島でマーケットから疎外されるだけだ。まあ、孤島暮らしにもそれなりの市場と戦略があるかもしれないが。

ところで、コンテナ化のイノベーションを主導し、最後には会社を倒産させたマクリーンだが、偉大なイノベーターとしての評価は終生、変わらなかった。01年5月に亡くなり、その葬儀の朝には世界中のコンテナ船が汽笛を鳴らし、彼に弔意を表したという。

それから書籍にもなり、イノベーターの記憶は今も忘れ去られることがない。リスクを取り続けた生涯のリターンは、死後も続いている。もっとも、人の記憶に留まるというリターンを、マクリーンが望んでいたかどうかは分からない。

 

 

 


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