四面草化(しめんそうか)。雑草に包囲される家

 

日陰の家のわずかな庭には、さして日が差すわけでもないのに雑草は生える。

梅雨前に一度、家はどくだみ草に包囲された。

どくだみの根は横に連携していて、抜くにも根こそぎは難しい。地面から見えるところだけでもと思い、やれる範囲で刈り取った。

また生えるなら生えろと思っていたが、以前ほどの勢いにはならなかった。代わりに梅雨に入ってからは、別の草が繁茂するようになった。

暑い盛りになって、さらに別の草もいろいろ加わり庭は見苦しい限りだが、とても除草しきれない。

暑いし疲れるし、蚊に喰われるのはつらい。

実はそれ以上に、草を抜くたびにダンゴムシやら何やら虫ケラがざわざわするのを見るのがつらい。虫は嫌いだ。

どくだみの全盛期は梅雨前だった

 

夏来りなば、冬遠からじ

 

薬を撒くことも考えたが、いろいろ配慮がいるし妻君は嫌がるし、一発で根絶やしになるわけでもなさそうだし、選択肢から外した。 

どくだみの経験で実感したことだが、雑草にも活動期があるようだ。12月にもなれば、たいていの草は枯れるらしい。冬季に休眠するものも含め、地表では目立たなくなる。中古の家に移ったのは11月下旬で、その頃は草がない庭だと思っていた。販売前に庭の処理をしていたとしても、冬になれば似たような感じになると期待している。

だから除草は適当にやればいいと思っている。引き抜ける草は抜き、無理なら鎌でうわべを刈って済ませる。基本的に庭は草でぼうぼうしているが、あまり気にしない。根絶やしにしようと思ったら大変だ。出口の見えそうにない闘いになるだろう。冬には消えるものをムキになって退治することもない。

雑草と向き合ってみると、一口に雑草と呼ぶものにもいろいろあると気づく。雑草の学会もちゃんとあり、それぞれに呼び名を付けて対策を講じている。主に農作物を守るために研究が進められているようだ。農業にとっては重要な問題だろう。

 

草は生きる道を見出す

 

この時期は公園や神社なども草が生い茂っている。冬には土の色だった公園の地面が雑草の絨毯になっている。ときには自治会で草刈りをするようで、急にきれいになったりする。

最寄駅の前は区画整理中で、多くの区画整理がそういうものであるように、端から見ていると工事をやる気があるのかないのか、何かし始めたと思ったら中断し、また動き始めたと思いきや止まるを繰り返している。

5月の頃か、1日かそこらで運んできた土を駅前の一画にうず高く盛り上げた。これをどうするだろうと思っていたが、何もしない。気づけば雑草の山になっている。

よそから運ばれて盛られただけの土の山から、よくこれほどの雑草が生えるものだと驚く。

雑草にこれほどの繁殖力があるのなら、いかに狭い庭といっても処理できるものではない。

やはり冬を待つしかない。

何度でも生える。これぞ雑草魂かと。

 

防草シートという策もあるらしい

 

ところで、雑草対策には防草シートというのもあるそうだ。遮光性の高いシートで地面を覆い、雑草の繁殖を防ぐという。日陰の家にも遠慮なく生えてくる雑草だが、光が当たらなければ芽も伸びないと。

防草シートの上に砂利を敷くことで、庭の景観もよくなるという。業者の宣伝文句は頼もしい限りで、ネットで見る分には夢がある。

うちは購入前から地面に薄く砂利を敷いてあった。草がないときはそれなりに見栄えがしたが、雑草の対策にはなっていなかった。砂利 on 防草シートじゃないとだめらしい。

庭の整備は、追って考えよう。当面は適当に草をむしり、冬にどうなるかを確かめる。

課題は雑草だけではない。

やはり中古で売るときの見栄えで植えたものと思われる木が何本かある。わずかな光をとらえて、木の枝はどんどん伸びている。これも何とかしなければ、隣の敷地にもう飛び出している。

草も木も生きているのはよく分かる。その生命力の強さは、庭の管理に関していえば望んだものではないだけに不気味なものでしかない。

いつかは防草シートと砂利で覆い、草木のない静寂な庭にしたい。


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