1908年の上京列車。三四郎くんが乗ったのはこんな感じ?

 

田舎から上京した私の心の中には、今も「まんが道」や武田鉄矢のいくつかの歌詞、そして「三四郎」への共感と愛着がある。

夏目漱石の「三四郎」を初めて読んだのは中学1年の時で、「なかなか柔道を始めないな」と思いながら読み続けていた。姿三四郎とは違う話なのだと、半分近くになってやっと気づいた。三四郎なんて名前が2つとあるとは、夢にも思わなかった。

夏目の「三四郎」は小川三四郎くんのことで、確かにその通り書いてあったのだが、思い込みとは恐ろしい。今に柔道を始めると疑うことなく読み進めていた。それから「三四郎」を何度も読み返したが、「姿三四郎」のことは今になっても何も知らない。検索すればたいていのことは分かるはずだが、する気がない。

その夏目「三四郎」で、三四郎くんは冒頭、列車に乗っている。

京都から乗り合わせた女が気になるようで、

乗った時から三四郎の目についた。第一色が黒い。三四郎は九州から山陽線に移って、だんだん京大阪へ近づいて来るうちに、女の色が次第に白くなるのでいつのまにか故郷を遠のくような哀れを感じていた。それでこの女が車室にはいって来た時は、なんとなく異性の味方を得た心持ちがした。この女の色はじっさい九州色であった。

とある。

終点の名古屋を目指す途中で日が暮れる。

駅夫が屋根をどしどし踏んで、上から灯のついたランプをさしこんでゆく。

とあるのが、それが冒頭の画像の様子である。

日が暮れて三四郎くんは弁当を食べ始める。例の女は、席を立ち、車室(車両)の外へ出て行く。そして戻って来たとき、前に座っていた席よりも三四郎くんの近くに腰をおろした。このときの描写で、三四郎くんと女の立ち位置がどうなっているのか、ずっと分からずにいた。

ただ三四郎の横を通って、自分の座へ帰るべきところを、すぐと前へ来て、からだを横へ向けて、窓から首を出して、静かに外をながめだした。風が強くあたって、鬢(びん)がふわふわするところが三四郎の目にはいった。この時三四郎はからになった弁当の折を力いっぱいに窓からほうり出した。女の窓と三四郎の窓は一軒おきの隣であった。風に逆らってなげた折の蓋が白く舞いもどったように見えた時、三四郎はとんだことをしたのかと気がついて、ふと女の顔を見た。顔はあいにく列車の外に出ていた。けれども、女は静かに首を引っ込めて更紗のハンケチで額のところを丁寧にふき始めた。三四郎はともかくもあやまるほうが安全だと考えた。

ボックスシートのような席であるとは予想できる。

しかしボックスシートであるとしたら、膝を付き合わせるほどの距離しかない。それでは三四郎と女の距離が近すぎる。

三四郎くんが弁当を放り投げた瞬間、三四郎の目の前で女の顔に当たっているはずだが、そのような描写にはなっていない。「女の窓と三四郎の窓は一軒おきの隣であった」とも書いてある。一軒とは? 座席を1つ置いてという意味か?

それなら距離感の疑問はなくなるが、シートの背もたれがあって、三四郎くんと女を遮ることになるだろう。冒頭から三四郎くんは、前に座る女をチラチラ見ていたという描写がある。「一軒おきの隣」に座る前は、さらに距離があったはずだ。今の車両をイメージしたら、とても成立しない。当時の車内は今とは違っていたのだろう。ただ、どのようになっていたのか見当がつかなかった。

その答えを与えてくれたのが、さいたま市の鉄道博物館だった。

うちの坊やは1歳からの電車好きだ。5歳の今夏は、ついに時刻表ガイドを読み始めた。上京の列車には憧れを抱いていた私も、通学・通勤電車を経験した今となっては電車に嫌悪を抱いているくらいなので、子供の電車好きをどこかで変えたいと思っている。とはいえ私の嫌いが彼の好きを挫く理由にはならないし、家から遠くもない。鉄道博物館には妻君と坊やは何度か、私も2度、行っている。

その鉄道博物館には、いろいろな車両が展示されている。中には明治の車両を再現したものも展示されていて、その1つを見て「三四郎」の描写を理解できた気がした。

先にふれた、駅員が天井からランプを押し込んでいる車両の中は、写真のようになっている。

 

 

私の撮影の仕方がまずかった。

写真の真ん中で帽子を被った男の対面に、草履をはいた足が見える。写真では欠けてしまっているが、その草履の男の位置を三四郎くんとして、壁際に座る女を、作中の女と見たてたらどうだろう。

描写的に女は壁際に座っていたわけではないが、位置関係としては似ているのではないか。これなら「一軒おきの隣」の座席になるし、当時の背もたれはとても低く、三四郎くんが女をチラ見できるのも分かる。弁当を放り出した三四郎くんが、やばいと思って女の様子をうかがう距離感にもふさわしい。

それにしても写真がまずかった。

車両を見たとき、これが「三四郎」の答えだと気づいたが、本文を正確に覚えていなかったので、いい加減に撮影したら、実に至らない写真だった。

また、この車両が夏目の想定して書いたものと一致しないことも明らかだ。この座席は車両の横幅一杯に広がっていて、間を通る通路がない。車両の外に行くには、電車が止まっているとき、ホームに出るしかない。小説のように動いている途中で外には出られない。その点は違うとしても、座席の構造はビジュアルのようだったと思われる。

描写の謎はあらかた解けたが写真に悔いが残る。坊やとあと一回は鉄道博物館に行ってもいいと思っている。

 


Pocket
LINEで送る