電車を待つ5人組の外国人旅行客は、日本びいきであることは一目瞭然だった。
一人は関西弁で何とかと書いてあるTシャツを着ていた。一行でただ一人の女は、後ろ髪を結んでのぞかせたうなじに、「愛」の字をタトゥーで刻んでいた。
イタいことだと、なお眺めると、愛の字がなんかおかしい。
愛の中の「心」以下が、
友になっている!
一緒にいた記者仲間と、声を殺して大爆笑。
新宿から神田まで(だから中央線だったわけだ)、「この世にない文字を刻んだ女」の話題で笑い続けた。
この事実を指摘されたら、彼女は即時、日本から出たくなるだろう。日本から離れたからって救われるわけではない。本国に戻っても(カナダか北欧か、白い肌によく映えていた)、この世にない愛を刻んだことを指摘される恐怖に怯えて過ごさねばならない。
彼女の過酷な運命に、笑いが止まらなかった。
指摘したいけど、とても言えない。まして彼女を囲んだ四人の男たちはいずれもガタイがよく、彼女に事実を伝えようとする日本人を排除する使命を帯びたスイーパーに見えた。
ここは気づかぬふりが、おもてなしの作法か。もとよりもてなす気もないので、少し離れた電車内で笑い転げていた。
しかし何か別の意味があるかもと思い、後日調べてみると何のことはない。中国の簡体字だった。
よくある省略ではなく、まるっきり字の入れ替えだから、無学にして気づけなかった。
そこは漢字だし。中国の表記でこれだと言われたら、日本人がとやかく言うことはない。愛はそんな風にも書くんですねと恐縮する次第だ。
とはいえ彼女は、日本を旅する間中、その白いうなじに目を丸くして注がれる熱視線を感じるんではないかしら。